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MONOろ〜ぐ

〜音の記憶と記録を思いつくまま•••

発見!

だいぶ前、8月にCMソングの話を書いた時、GAROがやっていたラジオCMの事も書いたのだが、 http://mono-log.hatenablog.jp/entry/2016/08/05/000311 永らく行方不明だった音源をやっと発見した。 ほんの20秒ほどの短いCMなのだが、よくよく聴くとやはりGARO…

師走

とうとう今年も残り1ヶ月。 ここのところ家族みんなで風邪ひいたの何だのと、具合があまり良くない。 とにかく思ったように声が出ないので、忘年ライブの練習もずっと出来ずにいる。 仕方ないのでギターだけは時々弾いてはいるのだが••• 勝手知ったる曲とは…

そして原宿

雨がそぼ降る中、ラドンナへ。 何だかこの店に行く時は雨の確率がすごく高い気がする。 それはさておき、前回来たのが東郷さんのライブ、8月なので約3ヶ月ぶりである。 すぐ隣のテーブルにはクーコさんこと西口久美子さん、斉藤ルミ子さんの姿も。 演奏はG…

3本指

と言っても何かのランキングではない。 寒くなってくると、ギター弾くにもたとえ室内であっても、すぐには思ったように指が動かない。 ※さっさと暖房入れれば良いじゃないか!というのは置いといて(笑) •••で、特に右手の指をほぐすためにいつも弾いているの…

雪⁈

今夜遅くから冷え込んで雪になるとかならないとか••• 確かGAROの解散コンサートの日も雪が散らつく寒い日だったような気がする。 おまけに大幅に時間が押してかなり待たされたんだったっけ。 音響機器の不具合だったって事になっていたが、実際は色々あった…

EC

そういえばトミーはクラプトンが好きだったんだよなぁ•••とクラプトンの「Unplugged」を聴きながら思い出した。 「一人で行くさ」なんてモロ「Easy Now」だったもんなぁ••• ※まだ聴いたことがない方は是非一聴を!↓ http://mewbo.jp/song/video/eric-clapton…

HAIR part2

記憶が定かではないのだが、確か以前にマーク本人に聞いたのだったと思うが。 トミーと2人、「ヘアー」のオーディションを受ける前、「Good Morning Starshine」を初めて練習で合わせたら、もの凄く気持ち良くハモれてお互いに感動した、というような話をし…

HAIR

GAROが1969〜70年に上演されたミュージカル「ヘアー」日本公演がきっかけで結成されたという事は知る人ぞ知る話である。 その公演はとある事件があって短期間で終わってしまうのだが、ある意味そのおかげでGAROが誕生したと言えるかもしれない。 そしてその…

D-45

CSN(&Y)、GARO、ギター、とくればMARTINのD-45であろう。 「Acoustic Guitar Book」という雑誌の最新号のテーマが「ROCK IN ACOUSTIC GUITARS」という事で何となくピンときて、また表紙にも惹かれたので(笑)、何年振りかで買ってみた。 残念ながらGAROは載っ…

我郎 part3

3人ともサインの字はきれいで読みやすく、イラストも美術系出身だけあって上手である。 これを見ると、ボーカル(http://mono-log.hatenablog.jp/entry/2016/07/30/001102)やマーク(http://mono-log.hatenablog.jp/entry/2016/08/10/001234)のイラストが見慣…

我郎 part2

この手のものは何となくパラパラと目を通すだけで、あまり真剣に読んでいないから、内容もほとんど覚えていなかったのだが、改めて細かいところまで読み返してみると、新たな?発見が色々とある。 実はマークは「はっぴいえんど」が好きだったとか••• ※みん…

我郎

ファンクラブの申込用紙が残っている。 記憶が定かではないが、たぶん1973年の野音のライブに行った時に配られた会報に挟んであったものではないかと思われる。 当時ファンクラブは熱狂的な女性ファンが入るものだと思っていたから、入会しようなどとはつゆ…

スタジオライブ

また70年代の音源を発掘して久しぶりに聴いてみた。 そう言えばこの頃はTOKYO FMではなくてFM東京と呼んでいたっけ。 ※現在も正式な社名は「エフエム東京」 GAROでFMのラジオ番組に出演しているのは、これくらいしか聴いた記憶がないのだが、実際は他にも…

今から思えば•••

解散を発表する直前に出演した時。 CSN(&Y)のカバーのみ2曲。 その時は、珍しく自分たちの曲をやらなかったなぁ、くらいにしか思わなかったのだが、後から考えてみると••• まさか解散コンサートのリハーサルではないだろうが、『最後の曲』は「自由の値」•••…

76〜67

今日は元GAROのボーカルこと大野真澄氏の67回目の誕生日。 おめでとうございます! 相変わらず日本中を元気に飛び回っていて、今年は沖縄でこの日を迎えたようです。 GARO解散からちょうど40年••• ※正確には1975年12月に解散、1976年3月に解散コンサート。…

吟遊詩人

1975年の発売当初、何だかすごく違和感があってなかなか好きになれなかったアルバムである。 当然それは全曲阿久悠氏が作詞しているという事に起因しているのだと思う。 当時はファーストアルバム「GARO」、サードアルバム「GARO 3」で彼らのオリジナル曲の…

そろそろ再始動

今年もまた年末に行われるであろう、いつもの集まりのライブに向けて、選曲•練習を始めつつある。 この集まりで知り合ったSさんと、ぜひ一緒にGAROやCSN(&Y)をやりましょう、という事で組んだユニット「eBellTree」。 これまで合わせてみた曲は「時の魔法」…

ACT4

追加公演決定!の情報を入手したので早速予約ページにアクセス。 11/11の本公演を予約し損ねた後に太田さんから追加公演をやるから、という事だけは伺っていたのだが、さほど間を開けないでの開催となった。 前回の事(即日完売)があったのでどうかと思…

「ギター少年」、「GAROチルドレン」

70年代前半に中学生•高校生で、当時全盛だったGAROを見て、聴いて、コピーして過ごしていた、我々GAROファン男子の事を「(元)ギター少年」と呼ぶようになったのはCASHのお二人だったろうか。 マークが音楽活動を再開して五反田のライブハウスでCASHと共に定…

こんな事って•••

そういえば確か今日の15時から予約開始って書いてあったなぁ•••と15:20頃に席を立ちトイレに向かいながら、どれどれ、と11/11(金)のページを開いた。 あれ?予約フォームを開くボタン、まだ押せないじゃん!? やれやれ、と思ってもう一度よくよく見てみると…

変則チューニング

変則チューニングというとやはりまず真っ先にGAROの「暗い部屋」を思い出す。 1弦、6弦をDに落とす「ダブルドロップD」をさらに2弦をCに上げてマークは弾いていた。 変則チューニングの中でも文字通りかなり変則的なチューニングである。 「マークは」と…

COVER part2

GAROは洋楽のカバーはいろいろと唄っていたが、日本のミュージシャンの曲をカバーして唄っていたのはほとんど記憶にない。 この曲は、もともとGAROの大ファンで、GAROに会えるかもしれない、とポプコン用に作った曲だという。 しかも最初はGAROが唄うのを想…

ついでに生を

こう毎日暑いと、夜は生ビール!と行きたいところですが••• 先日ちらっとエレキギターの話をしたので今度は生ギターの事を少しだけ。 中学2年の時に初めて買った(買ってもらった)のはいわゆる当時フォーク•タイプ(000サイズ?)と呼ばれていた安いマルハのギ…

土曜の夜は•••

やっぱり「ヤングタウンTOKYO」でいきますか。 これらの音源をカセットテープからパソコンに取り込んでデジタルファイルにする作業をやり始めたのは12〜3年前くらいだったか。 それまで何十回、下手すりゃ百回以上も聴いてきたテープな上、保存状態もかなり…

ムッシュpart2

ムッシュは同じような時期に文化放送の「ハローパーティー」とTBSラジオの「ヤングタウンTOKYO」の司会(パーソナリティ)をやっていた。 「ハローパーティー」は3曲、「ヤングタウンTOKYO」は2曲演奏するのが通常パターン。 「ハローパーティー」の方が持ち…

ムッシュ

確か小学校5年か6年の頃がちょうどグループサウンズブームの後半で、タイガースやスパイダースを始めとする多くのグループがテレビを賑わしていた。 『もりトンカツ〜』と唄っていたのもその頃だ。 かまやつさんの事はテレビで見て顔は知っていたが、名前…

COVER

GAROがカバーしていたグループ、と言えばCSN(&Y)が真っ先に思い浮かぶ。 マークも常々CSN(&)YはGAROの原点だと言っていたっけ。 それ以外にも様々な洋楽の気に入った曲を、特に初期の頃のライブでは唄っていた。 ビートルズの事は3人とも好きだと言っていた…

カラオケBOX

昔から基本的にカラオケはあまり好きではない、いや、嫌いと言った方が正しいかもしれない。 だからカラオケBOXには自ら進んで行った事などなかったのだが、かと言って全く行かなかったという訳でもなく、新宿の会社に勤めていた頃は、仕事帰りにみんなでボ…

裏声

ファルセットが苦しい••• とある集まりのライブがいよいよ今週末に迫ってきて、忙しい中少しばかりの時間を見つけては発声練習を兼ねていろいろな曲を唄ってみるのだが、全くと言っていいほど思ったように声が出ない。 特にGAROの曲は元々がキー高めで、地声…

ダンディ

元GAROのマークと親しくさせてもらうようになったのが2005年、ボーカルと初めてお会いしたのはそのさらに2年くらい前だったか。 一昨年閉じてしまった六本木のスイートベイジルでのソロライブがはねた後の打ち上げに同席させて頂いたのが最初だった。 その…

フォークジャンボリー

1971年に開催された、GAROも参加した伝説の「第3回全日本フォークジャンボリー」も確か8月だったか。 2006年の9月某日に「柏フォークジャンボリー」なるイベントが開催された。 これはS星堂が主催する、アマチュアのコピーグループを集めてのインストア…

MAD SON

ムッシュである。 かまやつさんとGAROの3人との出会いは、まだデビューする前にバックのコーラスメンバーを探していたかまやつさんに声を掛けられたのがきっかけだったとか。 1971年のこのアルバムにも何曲かコーラスで参加している。 ※2人しか写っていま…

バースデー•パーティー

過去何度か「BAD FRIENDS」 の主催でマークの誕生パーティーを開催した事がある。 マークが音楽活動を再開してからはほぼ毎年、誰かが発起人となって誕生月の2月にいろいろな場所で、親しい人たちを集めてお祝いしていた。 2007年、マークのライブ活動の拠…

閉店

オープンから43年、建て替えのため一時閉店した渋谷PARCO。 1973年のオープンに合わせてそれまで「区役所通り」と呼ばれていた道が「公園通り」に改称されたそうな。 そして翌年、GAROが唄う「公園通り」が流れ始める。 この曲のレコードはプロモーション…

イングリッシュ

「学生街の喫茶店」••• 好き嫌い、良し悪しは置いといて、この曲がGAROの代表作であるという事は誰も異論を唱えないだろう。 当初シングル盤のB面だったこの曲が予想外にヒットしたおかげで、慌ててA/B面をひっくり返したという話は知る人ぞ知る有名なエ…

かわりばんこ?

東郷さんがライブのMCでこんな事も言っていた。 BUZZの頃はCMの仕事もたくさんやっていて、全盛時には年間で4〜500本もやっていたそうな。 同じようにオフコースも売れっ子で、同じ商品でBUZZのシリーズの後にオフコースがやったり、オフコースのシリーズの…

放送室の情景

中学3年の時は学校で放送委員をやっていた。 アナウンスはやった覚えがないから喋りはもっぱら下級生に押し付けて登下校時や昼休みの音楽を流す方を率先して?やっていたんだと思う。 親友のY君もまた隣のクラスの放送委員だったのでしょっちゅう2人して…

衝撃

それは文字通りまさに衝撃だった。 1973年の3月くらいだったような気がするのだが記憶が曖昧で定かではない。 当時テレビは全国ネットのVHF放送に加え、アンテナさえあればローカル局のUHF放送を観る事が出来た。 その頃住んでいた地域ではTVK(テレビ神奈川…

東へ西へ

1970年代前半、(東京で)土曜の夜のラジオ番組と言えばTBSラジオの『ヤングタウンTOKYO』だった。 この番組、もともとは大阪毎日放送の人気番組『ヤングタウン』の姉妹番組としてスタートしたそうで、当時両方掛け持ちしていたパーソナリティの桂三枝(現•文枝…

その名を轟かせたのは

ボーカル(大野真澄氏)がGARO解散後にまず脚光を浴びたのは作詞家(あおい輝彦「あなただけを」)としてだった。 その後も裏方の仕事がメインで自分の曲はシングルを年に1枚出すか出さないか••• 最初のソロアルバムを出したのはGARO解散から実に15年も経った19…

幻の•••

GAROのBOXセット、いわゆる「GARO BOX」が発売されたのは10年前の2006年。 https://www.sonymusicshop.jp/m/item/itemShw.php?cd=MHCL000000981&dS2SPH=1469626897 当時はかなりのすったもんだがあり、大野さんもたいへん苦労されたと聞く。 何度かの発売日…

ファイアー

GARO解散後、マーク(堀内護氏)は蛭田達郎氏(ex.ミルキーウェイ)と「バースディ」というデュオ、トミー(日高富明氏)は弟らと共に「ファイアー」というロックバンド、ボーカル(大野真澄氏)はソロ、とそれぞれの道に進む事になったのだが、結局「バースディ」は…

閑話休題。 今から7〜8年前のある日、伯母が所有する別荘を借りて滞在していた。 部屋の片隅にレコードラックを見つけ、ほとんどが自分には興味のない、ジャズのそのLPコレクションを1枚ずつ見るともなく眺めていたその時、LPサイズだがレコードでは…

ビッグバンド

1970年代、テレビの歌番組といえばいわゆる「ビッグバンド」と呼ばれるオケの演奏をバックにして歌うのが当たり前の時代だった。 ※生バンドのいないバラエティ番組などではカラオケで唄う事も多かったが。 ニューブリード、スイングビーバーズ、シャープスア…

青春の旅路

GARO最後のアルバム「三叉路」の最後に収録されている、ボーカルこと大野真澄氏の曲のタイトルである。 マークが突然去ってしまった2014年の暮れから4ヶ月、昨年4月からスタートした大野さんのライブシリーズのタイトルでもある。 ※正確には「大野真澄〜GAR…

封印を解く鍵は?

GAROのメンバーのうち、若くして亡くなってしまったトミー(日高富明氏)とだけは結局直接お会いする事が叶わなかった。 生で観たのは73年の野音と解散コンサートだけ、告別式の日は時間が無くてまだまっさらな記帳簿に記帳だけはしたが見送る事はままならず•••…

生きるものの歌

ひと月ちょっと前、妻が仕事の関係で出掛けた先の集まりのイベントの1つとして開催されたミニコンサートをたまたま偶然観ることが出来たそうで••• そういえばうちに44年前の1972年に発売された彼女のセカンドアルバム「かなしみごっこ」があったっけ。 こ…

夏まつり

3年前から川崎市内のとある神社の夏まつりに毎年通っている。 祭の最後に行われる、無料で見られるライブステージがお目当てだ。 地元に住むミュージシャン、太田美知彦氏が毎年何組かのお仲間を誘ってノーギャラで(たぶん)出演している。 ちなみに昨年はと…

GOOD FRIENDS/BAD FRIENDS

元GAROのマークこと堀内護氏がソロ活動も含めた一切の音楽活動をしなくなって久しい1994年、何の前触れもなく突然GOOD FRIENDSというユニット名でアルバム「ウッドストックの夏」が発表された。 マーク以外のメンバーの事は全く知らなかったが久しぶりのマー…

レジェンド•オブ•ロマンス

かつて「MARK&CASH レジェンド•オブ•ロマンス」というラジオ番組があった。 毎週日曜日の夕方に放送されていた1時間番組。 放送期間がわずか5ヶ月だったのに加え「宮崎サンシャインFM」という宮崎県宮崎市内にあるコミュニティFM局の番組だったので世間一般…