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MONOろ〜ぐ

〜音の記憶と記録を思いつくまま•••

雪⁈

今夜遅くから冷え込んで雪になるとかならないとか••• 確かGAROの解散コンサートの日も雪が散らつく寒い日だったような気がする。 おまけに大幅に時間が押してかなり待たされたんだったっけ。 音響機器の不具合だったって事になっていたが、実際は色々あった…

EC

そういえばトミーはクラプトンが好きだったんだよなぁ•••とクラプトンの「Unplugged」を聴きながら思い出した。 「一人で行くさ」なんてモロ「Easy Now」だったもんなぁ••• ※まだ聴いたことがない方は是非一聴を!↓ http://mewbo.jp/song/video/eric-clapton…

HAIR part2

記憶が定かではないのだが、確か以前にマーク本人に聞いたのだったと思うが。 トミーと2人、「ヘアー」のオーディションを受ける前、「Good Morning Starshine」を初めて練習で合わせたら、もの凄く気持ち良くハモれてお互いに感動した、というような話をし…

我郎 part3

3人ともサインの字はきれいで読みやすく、イラストも美術系出身だけあって上手である。 これを見ると、ボーカル(http://mono-log.hatenablog.jp/entry/2016/07/30/001102)やマーク(http://mono-log.hatenablog.jp/entry/2016/08/10/001234)のイラストが見慣…

我郎 part2

この手のものは何となくパラパラと目を通すだけで、あまり真剣に読んでいないから、内容もほとんど覚えていなかったのだが、改めて細かいところまで読み返してみると、新たな?発見が色々とある。 実はマークは「はっぴいえんど」が好きだったとか••• ※みん…

我郎

ファンクラブの申込用紙が残っている。 記憶が定かではないが、たぶん1973年の野音のライブに行った時に配られた会報に挟んであったものではないかと思われる。 当時ファンクラブは熱狂的な女性ファンが入るものだと思っていたから、入会しようなどとはつゆ…

スタジオライブ

また70年代の音源を発掘して久しぶりに聴いてみた。 そう言えばこの頃はTOKYO FMではなくてFM東京と呼んでいたっけ。 ※現在も正式な社名は「エフエム東京」 GAROでFMのラジオ番組に出演しているのは、これくらいしか聴いた記憶がないのだが、実際は他にも…

疲れた時は•••

週末の遅番を終わらせての帰り道。 ホッと一息つくためには何を聴きながら帰ろうか••• こんな時はたいていCarpentersを選択する。 日本の女性歌手No.1が山本潤子さんなら、海外の女性歌手ではKaren Carpenterが自分の中では断トツNo.1だ。 声そのものの美し…

今から思えば•••

解散を発表する直前に出演した時。 CSN(&Y)のカバーのみ2曲。 その時は、珍しく自分たちの曲をやらなかったなぁ、くらいにしか思わなかったのだが、後から考えてみると••• まさか解散コンサートのリハーサルではないだろうが、『最後の曲』は「自由の値」•••…

76〜67

今日は元GAROのボーカルこと大野真澄氏の67回目の誕生日。 おめでとうございます! 相変わらず日本中を元気に飛び回っていて、今年は沖縄でこの日を迎えたようです。 GARO解散からちょうど40年••• ※正確には1975年12月に解散、1976年3月に解散コンサート。…

吟遊詩人

1975年の発売当初、何だかすごく違和感があってなかなか好きになれなかったアルバムである。 当然それは全曲阿久悠氏が作詞しているという事に起因しているのだと思う。 当時はファーストアルバム「GARO」、サードアルバム「GARO 3」で彼らのオリジナル曲の…

そろそろ再始動

今年もまた年末に行われるであろう、いつもの集まりのライブに向けて、選曲•練習を始めつつある。 この集まりで知り合ったSさんと、ぜひ一緒にGAROやCSN(&Y)をやりましょう、という事で組んだユニット「eBellTree」。 これまで合わせてみた曲は「時の魔法」…

FANTASTIC!part2

大満足のライブでした。 まずは今回が初登場の堀江さん。 昔と変わらぬ繊細な歌声、そして噂には聞いていたのですが、素晴らしいギターテク! カバー曲、オリジナル曲、もちろん「メモリーグラス」も披露して頂きました。 演奏だけでなく、トークもとても楽…

FANTASTIC!

とあるいつもの集まり••• 今夜は特別企画のスペシャルミニライブ! 本日のゲストはお2人。 そのうちのお1人は演奏を拝見するのは初めてだが、ソロで、そしてお2人でどんなステージとなるのか••• 間近で見られる滅多にない機会、たっぷり楽しみたいと思い…

初◯◯

ギターを弾き始めたのは中学2年の時だったが、レコードを初めて自分で購入したのは中学生になって間もなくの頃だったと記憶している。 買ったのは確か尾崎紀世彦の「また会う日まで」。 その年のNo.1ヒットでレコード大賞や歌謡大賞などの賞を総ナメにした…

ACT4

追加公演決定!の情報を入手したので早速予約ページにアクセス。 11/11の本公演を予約し損ねた後に太田さんから追加公演をやるから、という事だけは伺っていたのだが、さほど間を開けないでの開催となった。 前回の事(即日完売)があったのでどうかと思…

風街ろまん

時々無性に聴きたくなるアルバムである。 ギターを弾き始めた1972年に解散してしまったグループなので若い頃は全く聴いた事がなかったのだが、何年か前にキチンと聴いておかなければ、と思い立って手に入れてからは愛聴盤の1つになっている。 音はすごくシ…

「ギター少年」、「GAROチルドレン」

70年代前半に中学生•高校生で、当時全盛だったGAROを見て、聴いて、コピーして過ごしていた、我々GAROファン男子の事を「(元)ギター少年」と呼ぶようになったのはCASHのお二人だったろうか。 マークが音楽活動を再開して五反田のライブハウスでCASHと共に定…

土曜日の午後

土曜の夜は「ヤングタウンTOKYO」という話はしたが、昼間は昼間で、学校から帰ってきて特に出かける予定がない時には、いつもラジオのFM放送を聴いていた。 聴くのはもっぱらFM東京で昼過ぎに放送されていた「歌謡ベストテン」と、その後すぐに始まる「ポッ…

14番目の月

少しずつ秋も深まって今日は十五夜、「中秋の名月」である。 というと何となく満月を想像してしまうが、実は満月は明後日だそうである。 旧暦の8月15日の夜の月を「中秋の名月」と呼ぶのであって、必ずしも満月であるとは限らないらしい。 ※満月ではない事の…

変則チューニング

変則チューニングというとやはりまず真っ先にGAROの「暗い部屋」を思い出す。 1弦、6弦をDに落とす「ダブルドロップD」をさらに2弦をCに上げてマークは弾いていた。 変則チューニングの中でも文字通りかなり変則的なチューニングである。 「マークは」と…

ヘビロテ

この週末になってようやくiPhoneに取り込んで聴き始めた。 先日(と言っても、もう2ヶ月も前だが•••)手に入れた「Junko Yamamoto ALL TIME SONGS」 CD5枚組、全95曲。 赤い鳥から始まってHi-Fi Set、ソロの曲、正やんや村井邦彦氏とのデュエット•••etc. ス…

秋の気配

ようやく何となく朝晩の風が涼しくなってきたような気がする今日この頃••• GARO解散後、大学時代の一時期、オフコースばかり聴いていた時期があった。 GAROで三声の魅力に取り憑かれていたので、最初はデュオにはあまり興味を覚えなかったのだが、レコードで…

Will You Dance ?

70年代前半、日本でも人気があったジャニス•イアンの曲のタイトルである。 ここのところ立て続けに台風が上陸して、場所によっては大きな被害が出ているが、どこぞの川が氾濫した、堤防が決壊した、と聞くと42年前のこの事が思い出される。 ちょうど高校に入…

COVER part2

GAROは洋楽のカバーはいろいろと唄っていたが、日本のミュージシャンの曲をカバーして唄っていたのはほとんど記憶にない。 この曲は、もともとGAROの大ファンで、GAROに会えるかもしれない、とポプコン用に作った曲だという。 しかも最初はGAROが唄うのを想…

インスパイア

時々知っている曲に良く似たものに出逢う事がある。 そういう時にいつも思い出す。 高校時代、住んでいた団地の商店街の本屋の前に、週末になると中古のレコードを売りに来ていた時期があった。 いつも段ボール箱3個分くらいのLPレコードを広げていて、確…

土曜の夜は•••

やっぱり「ヤングタウンTOKYO」でいきますか。 これらの音源をカセットテープからパソコンに取り込んでデジタルファイルにする作業をやり始めたのは12〜3年前くらいだったか。 それまで何十回、下手すりゃ百回以上も聴いてきたテープな上、保存状態もかなり…

ムッシュpart2

ムッシュは同じような時期に文化放送の「ハローパーティー」とTBSラジオの「ヤングタウンTOKYO」の司会(パーソナリティ)をやっていた。 「ハローパーティー」は3曲、「ヤングタウンTOKYO」は2曲演奏するのが通常パターン。 「ハローパーティー」の方が持ち…

ムッシュ

確か小学校5年か6年の頃がちょうどグループサウンズブームの後半で、タイガースやスパイダースを始めとする多くのグループがテレビを賑わしていた。 『もりトンカツ〜』と唄っていたのもその頃だ。 かまやつさんの事はテレビで見て顔は知っていたが、名前…

還暦ライブ?

まだ何年か先ではあるが、そろそろ他人事ではない年齢になってきた。 つい先日、高校時代の2年後輩のS君が今のうちから準備を始めるから、と私、同期のA君、1年後輩のM君に協力を求めてきた。 みんな同じサークル(当時は「軽音楽部」ではなく「フォーク…

40年来の謎

思い切って直接お訊きしてしまいました。 そう、「浜の足跡」の謎? 結論から言うと唄っていたのは4人だそうです。 ラジオなので姿が見えず、おしゃべりはみなさんでワイワイ、ガヤガヤとやっていたので、てっきり歌も全員で唄っているのだろうと思い込んで…

COVER

GAROがカバーしていたグループ、と言えばCSN(&Y)が真っ先に思い浮かぶ。 マークも常々CSN(&)YはGAROの原点だと言っていたっけ。 それ以外にも様々な洋楽の気に入った曲を、特に初期の頃のライブでは唄っていた。 ビートルズの事は3人とも好きだと言っていた…

グロッケン

小学生の頃にピアノを習っていたお陰で、音感•リズム感はしっかりと身に付いた(と自分では思っている)。 ※5回、6回とやった発表会のお陰でステージ度胸もね。 レッスンに通ってる頃は嫌で仕方なかったんだけど(笑)。 6年生になって間もない5月の音楽の授…

ぬらりひょん

日航機事故の時伊豆で一緒だった高校の同期のM君、高校時代はチューリップのコピーバンドを組んでいた。 元々はビートルズ大好きで、半々くらいで演ってたのかな。 彼らのグループも我々と同様、卒業後は自然消滅みたいになり、新たに我々と彼らの中の有志+…

ビーンズは豆だ

「ビーンズ豆田」という名前の作詞家がいる。 彼とは大学の同期で学部•学科も一緒だった。 GAROが解散し、高校時代のメンバーともバラバラになってどうしようかと思案中に彼と出会って、大学時代はとりあえず2人で出来るものをいろいろやった。 BREAD&BUTTE…

フォークジャンボリー

1971年に開催された、GAROも参加した伝説の「第3回全日本フォークジャンボリー」も確か8月だったか。 2006年の9月某日に「柏フォークジャンボリー」なるイベントが開催された。 これはS星堂が主催する、アマチュアのコピーグループを集めてのインストア…

MAD SON

ムッシュである。 かまやつさんとGAROの3人との出会いは、まだデビューする前にバックのコーラスメンバーを探していたかまやつさんに声を掛けられたのがきっかけだったとか。 1971年のこのアルバムにも何曲かコーラスで参加している。 ※2人しか写っていま…

閉店

オープンから43年、建て替えのため一時閉店した渋谷PARCO。 1973年のオープンに合わせてそれまで「区役所通り」と呼ばれていた道が「公園通り」に改称されたそうな。 そして翌年、GAROが唄う「公園通り」が流れ始める。 この曲のレコードはプロモーション…

ラジオ体操

世の中の子供たちは夏休みに入り、住んでいるマンションでもそろそろ自治会主催のラジオ体操が始まる。 昔は2週間くらいやったような気がするのだが(それともそれはプールだったか?)今はたったの1週間。 これもやはり放送委員の役目だったのか、それとも…

イングリッシュ

「学生街の喫茶店」••• 好き嫌い、良し悪しは置いといて、この曲がGAROの代表作であるという事は誰も異論を唱えないだろう。 当初シングル盤のB面だったこの曲が予想外にヒットしたおかげで、慌ててA/B面をひっくり返したという話は知る人ぞ知る有名なエ…

放送室の情景 part2

ある日の昼休みの放送室。 いつものようにY君と2人でいると、その日が当番の1学年下の女子生徒が食事を終えてやってきた。 この日は2人でちょっとしたイタズラを企んでいた。 『じゃあまずこれかけて』と、むき出しのシングルレコードを渡すと何の疑いも…

放送室の情景

中学3年の時は学校で放送委員をやっていた。 アナウンスはやった覚えがないから喋りはもっぱら下級生に押し付けて登下校時や昼休みの音楽を流す方を率先して?やっていたんだと思う。 親友のY君もまた隣のクラスの放送委員だったのでしょっちゅう2人して…

衝撃

それは文字通りまさに衝撃だった。 1973年の3月くらいだったような気がするのだが記憶が曖昧で定かではない。 当時テレビは全国ネットのVHF放送に加え、アンテナさえあればローカル局のUHF放送を観る事が出来た。 その頃住んでいた地域ではTVK(テレビ神奈川…

フレンチ

料理の話ではなく••• 70年代初頭、日本で、特に女性に絶大な人気を誇ったミッシェル•ポルナレフ。 当時の曲は現在でも時々CMや番組の挿入歌に使われたりして耳にする事も多い。 オン年72歳でまだまだバリバリの現役!らしい。 フランス語は全くだが名曲に言…

東へ西へ

1970年代前半、(東京で)土曜の夜のラジオ番組と言えばTBSラジオの『ヤングタウンTOKYO』だった。 この番組、もともとは大阪毎日放送の人気番組『ヤングタウン』の姉妹番組としてスタートしたそうで、当時両方掛け持ちしていたパーソナリティの桂三枝(現•文枝…

その名を轟かせたのは

ボーカル(大野真澄氏)がGARO解散後にまず脚光を浴びたのは作詞家(あおい輝彦「あなただけを」)としてだった。 その後も裏方の仕事がメインで自分の曲はシングルを年に1枚出すか出さないか••• 最初のソロアルバムを出したのはGARO解散から実に15年も経った19…

ファイアー

GARO解散後、マーク(堀内護氏)は蛭田達郎氏(ex.ミルキーウェイ)と「バースディ」というデュオ、トミー(日高富明氏)は弟らと共に「ファイアー」というロックバンド、ボーカル(大野真澄氏)はソロ、とそれぞれの道に進む事になったのだが、結局「バースディ」は…

ビッグバンド

1970年代、テレビの歌番組といえばいわゆる「ビッグバンド」と呼ばれるオケの演奏をバックにして歌うのが当たり前の時代だった。 ※生バンドのいないバラエティ番組などではカラオケで唄う事も多かったが。 ニューブリード、スイングビーバーズ、シャープスア…

アカペラ

先日出掛けた岩沢二弓さん/東郷昌和さんのジョイントライブの際に、東郷さんが『昔はよく仕事でオフコースと絡んだ』という話をされていた。 それを聞いて1つ思い出した事。 1976〜7年頃だったか、オフコースファンの高校の友人から1本のカセットテープを…

青春の旅路

GARO最後のアルバム「三叉路」の最後に収録されている、ボーカルこと大野真澄氏の曲のタイトルである。 マークが突然去ってしまった2014年の暮れから4ヶ月、昨年4月からスタートした大野さんのライブシリーズのタイトルでもある。 ※正確には「大野真澄〜GAR…